アラサーのあらさがし

ブログは続かないタイプです。溢れすぎたときに書きます。

アーティストw-inds.がいかにアイドルとしても優等生だったか

むかしむかし(17年ほど前)あるところに、歌やダンスがそこそこできて(実力派枠)お顔のいい3人の男の子がいました。

3人は、14歳が2人と15歳が1人で、そのうち14歳と15歳の2人は北海道から、14歳のもう1人は福岡から上京してきて、沖縄発の歌って踊る系で一世を風靡した芸能事務所の寮で共同生活をしていました。

北海道から出てきた2人は、もともと同じアクターズスクールに通っていました。小6と中1だったレッスン初日、まず最初に言葉を交わした2人でした。切磋琢磨して日々レッスンに励んでいたところ、晴れて同じタイミングでスカウトされて一緒に東京に来ることに。
福岡から出てきた1人は、地域限定のオーディションで8000人の中から特別賞を獲得して上京してきました。

東京に出てからは、年下の2人は3年生の1学期に寮の近くの中学校へ転校。年上の1人は入学したばかりの地元の進学校から芸能コースのある東京の高校へ編入しました。

男の子たちは学業を両立しながら同じように夢を目指す同世代の男の子や女の子と仲良くレッスンを重ね、冬には3人でストリートライブを行い、着実に、そして爆発的にファンを増やし、春、ホワイトデーに晴れてメジャーデビューとなりました。

福岡出身の1人はメインボーカル&ダンス、北海道出身の2人はコーラス&ダンス。当時はちょっと珍しいフォーメーションだったかもしれません。


Forever Memories(MUSIC VIDEO Full ver.) / w-inds.

 

メジャーデビューしてからはあれよあれよという間に10代の女の子を中心に大人気になりました。
学校では女の子たちが誰が好みか、昨日のテレビは見たか、曲は聴いたか、と、そんな会話でもちきり。(実感値)

デビューした年から7年間続いたラジオのレギュラー番組も始まり、ほかにもテレビではバラエティーのレギュラー番組もあって、音楽番組にもひっぱりだこ。

テレビに出たときは、
ニコニコと、時にはウインクなんかもしながら、毎度高めてくる確かなクオリティで曲を披露してくれるのはもちろん、
高度な鬼のダンスレッスンを受けて涙したり、
高度な鬼のダブルダッチをすることになって涙したり、
泳げないのにライフセーバー実習をさせられ溺れそうになりながら涙したり、
一日に何校も学校に立ち寄って生徒とダンスする青春がドキュメンタリー調に放送されたり、
年上のお姉さんの前で甘い言葉を要求されて「なんか買ってください」なんて言ってみたり、
苦手だって言っているものを克服させようと無理やりナスビを食べさせられ涙目になったり、
食べれないわけじゃないけどおいしいと思えない明太子を食べて「マズイ…」と薄い反応をしたら意外と笑いが起きておいしい反応がもらえたり、
嫌いなものが浮かばなかったからビジュアル的に無理だったイナゴの佃煮を食べることになったんだけど意外と美味しくてキャッキャしてたら大御所芸人さんにパッコーンと叩かれておいしかったり、
カッコイイおじさんたちに「大人の遊びを教えてもらう」企画で、社会科見学のように楽しんでいたり、
コントをするときはヤンキー高校生役の若手芸人さんたちと張り合うエリート高校生の役を演じていたり、
年末の音楽賞で最優秀新人賞をとったり、
年末の音楽特番でホワイトクリスマスのシチュエーション(大雪)でキレイなイルミネーションの中、クリスマス仕様の曲を披露したり、
年末のビッグな音楽番組で仮面ライダーを歌ったり、
同じく年末のビッグな音楽番組で天井からワイヤーで降りてきて歌ったり、、、

 

まあ、挙げだしたらキリがないんですけど!
楽曲披露に限らず、たくさんの番組でそのキラキラとした姿をお茶の間に届けてくれていました。

※世代の方はこのテレビ出演歴、見出しだけでなかなか楽しめます。

w-inds.のTV出演情報 14ページ目 | ORICON NEWS


また、本人たちは「ぼくたちはMCが苦手なんだ」なんて言っていましたが、反抗的な態度や変に黙ってしまうことはもちろんなく、苦手だからこそちゃんとついていこうという意識が見えていました。
喋る場面でなければ、カメラに向かってニコニコと手を振ってピースして、サービス精神も旺盛です。

身近でサポートしていた大人たちは当時のことを「生意気なクソガキだった(笑)」なんて愛情表現たっぷりで話してくれますが、そんな冗談(?)以外で当時からその男の子たちとお仕事したことある人たちが悪く言うことはありませんでした。その一生懸命な姿にメロメロだったはずです。きっと。

そして何より、3人は大の仲良しです。
もちろん、意見が合わなかったり、ケンカしたこともあっただろうけど、家族や友だちよりも一緒にいる時間が長くて、何度も一緒に壁を乗り越えてきて、単なる仕事仲間ともまたちょっと違う、特別な仲間です。
それぞれが何か行動したり決断するとき、ほかの2人のことも考えてきたから続いているのではないかと思います。
だって、今でも3人集まれば下の名前で呼び合って「俺ら無敵だよね!」なんて言えちゃう仲です。とっても楽しそう。


DVD「w-inds. 15th Anniversary Live」"15th Anniversary Special Box" [TRAILER]

※その他のエピソードなど、詳しくはこちら。

a30gashi.hatenablog.com

 

そんな男の子3人組のw-inds.は、今も第一線で17年目の活動をしています。(今年32,33歳になります) 

 

 

はい、と言うわけで(?)アーティストw-inds.のアイドル性についてです。


完全に持論なんですけど、ファンにとってアーティストを応援しているときのスタンスって「音楽性」+「人間性」であって、アイドルを応援しているときのスタンスって全てひっくるめた「人生」だと思うんです。

つまり、きっとw-inds.ってすんごーーーーーく、アイドルだったんですよ。3人の人生がドラマで、アイドルとして売り出したくなっちゃうくらい、かっこよくて可愛くて、すんばらしくアイドルだったんです。きっと。


で、ですね。
なんで突然この話をするのかと言うと、コトの発端はこのインタビュー(だいぶ経ったけど…)

www.cinra.net

僕らはアイドルでいられなかった、という発言。

でしょうね!とは思います。環境的にもこれからずっとアイドルの部分で勝負するのはどうかって、目先の金儲けを重視しちゃう周りの大人たちよりも実感していたんじゃないかな、と。

※参考までに…

a30gashi.hatenablog.com

 
アイドルというポジションでは、日本ではどうしても音楽性が認めてもらえない。ファンだって十何年も応援していれば実感としてあります。

だから、このアイドルでいられなかった、と言うのはきっと音楽的な部分が主たるものかと。きっと客観的にもデビュー当時から曲に恵まれていて、今聴くとこれ10代に提供するか!?と思うくらいサウンドも歌詞も随分と凝ったものでしたが…。

ただ、たしかに今まではアルバムやカップリングに入っていたような「ほぼ洋楽の曲」が2007年くらいから徐々にA面としてリリースされるようになったんです。
もちろん、それまでもA面で「洋楽っぽい曲」っていうのはあったんですけど、親しみやすくカラオケでも歌えるような少し前の時代のノリを楽しむ感じでした。
そして2009年ごろからw-inds.がファンにみせてくれるようになった音楽は「世界でも最先端の音楽」。
いい例は、インタビューでも語っていた通り、日本ではK-POPの代名詞と言われていたEDM。韓国のアーティストがアンテナ張って取り入れたのと同じタイミングでw-inds.も取り入れていました。なので日本でK-POPが定着するころには数年前の曲をやってるのに「K-POPっぽい」なんて言われるくらい。笑

そのあたりの変革(?)は以前簡単にまとめていたのでもしよければ。

a30gashi.hatenablog.com

 


そんな感じで、音楽に向き合う姿勢というのはインタビューで話してくれた通り。

なのですが…そもそも2007年とか2008年とか、デビュー6,7年で本人たちの意見が通って洋楽寄りになっていけていたとしたら、大人たちも話を聞き入れるべきだという判断だったんだろうと思うので、w-inds.が稼げるタレントとして大事にされていた証拠だと思うんです。

2009年のツアーとかも、今考えてもよくやらせてくれたなぁって思いますし。

a30gashi.hatenablog.com

 

 

でも、きっとその思い切った決断は世間的なアイドル時代があったからこそ、だと思うんです。

反対はあった、とのことですけど「やれやれ…そんなに言うならやってみなさい」って最終的に折れてもらえたのは、3人の努力と人間性と、初期の活動でちゃんと“10代の歌って踊るアイドルとして売れている実績”があったからこそだと思うんですね。

何よりも名前を知っていてもらえるのは固い。たとえ今を知らなくても、世間が名前を知っているのがどれだけ強いかって話です。
w-inds.?誰?」となることは滅多にないです。「まだ好きなんだ~!?」とかはよく言われるんですけど、同世代ならだいたい「昔好きだった!」とか、「CD持ってた!」とか、「テレビ見てた!」とか、そんな感じです。知らない人は、いないんです。

過去にすがるわけではないですけど、それがなかったらやっぱり、どんなにいい音楽を作りたい!って言っても、無名のアーティストにそんな思い切ったことはさせてもらえないだろうな、って。
だから、過去を否定するのは違うよなぁって。向いてなかった、で片づけないでよお…って。

 

インタビューの中で「アイドルって誰かがプロデュースしてくれることを100%体現できる人が向いている」って言っていましたが、アイドルって本当にその通りだと思います。

もしかしたら、w-inds.は体現しようとしたら自分たちのやりたいことと違くて向いていなかったのかもしれないけど、体現しようとしなくてもアイドルって言っていいほどキラキラしてたんです。

言うほど反発が目に見えていたわけではないし。笑

パフォーマンスはいつも全力でやってくれていたし、音楽性もゆるいトークもファンのニーズには合っていたし。何より、いつだってステージの上のw-inds.はかっこいいんです。


別にアイドルに戻ってほしいわけではなくて、今になってファンに寄り添いすぎたりアイドル売りをされると「結局どうしたいんですかね?」と困惑するくらいで。アイドル時代が恋しいからこういう話をしたいわけではないんです。(めんどくさい)

つまり、極端なことを言うと、

 

w-inds.はアイドルとして売れなかったから、
だから、アーティスト路線で細々とやってる。
なんてかわいそうなグループ…。

と思われちゃうのはなんか寂しいし違うよなって。

 

だって、徹底的にアイドル売りをしようと思えばきっとそのままバカ売れしていたんですよ…!!
「ファンが殺到!」みたいな、そういう状況すごかったですから。うるさいくらいキャーキャー言われてましたから。
ドームツアーもしていたかもしれないです。たぶん。

 

でも、何より本人たちが一番、
「この人気は今だけなものかもしれない」
「これからも続いていく三人の人生を考えて必要な要素を集めなければいけない」
なんて考えてコツコツと有言実行してきたからアーティストになれた、と。

周りの大人たちも、その熱意を買っていたんだろうなって。

 

今まで漠然と思っていたことがインタビューを読んで、本人発信で言ってくれて、やっと腑に落ちました。

もちろん、その慶太さんのインタビューの中で過去のw-inds.を否定しているわけではないですし、3人とも初期の曲もとっっっっても大切にしているのは目に見えてわかるんですけど、世間的なアイドルとして活動していた時代があってこその今だし、アイドルw-inds.だって誇らしいよなぁと気付きました。


えー…でも、こんな選択肢がたくさんある中で選んできてくれた最高の過程を見てきたり知ってしまったりしたら、w-inds.というグループを「音楽ユニット」ではなく、「三人の人生」として考えてしまうのは必然じゃないですか…いつまでもアイドル視しちゃうめんどくさいファンでごめんね!?って考えちゃうじゃないですか…
そんなParadox抱えてるんですけど、、、
そしてインタビューの真意を理解できていなかったら申し訳ないんですけど、、、

(慶太くん、いつかアイドルをその子たちの「人生」と捉えてプロデュースしてください)


私もいちファンとしてw-inds.から「アイドルって呼ばれたくない」という雰囲気も感じていましたし、ファンこそ「w-inds.のこと、アイドルって言うな!!!」と言った具合だった訳で…。

こんなこと言って、やがてちゃんと自分たちの人生レベルで音楽活動を昇華していくw-inds.さんの、若かりし頃の3人に煙たがられそうですね(?)


まあ、w-inds.くんたちかっこいいんだから、アイドル性だって確かにあったこと認めてくださいって話です(えっ結論)

 


w-inds.恒例の夏のツアー、INVISIBLE TOURがすこぶるカッコよくて、そのファンを置いて先に行ってしまう勢いのw-inds.の背中に「それだよそれ!!」となったので勢い任せにまとまりもなく失礼しました^^

もしもこの記事を読んで今のw-inds.が少しでも気になった方はぜひ!!!!(潔く宣伝)

www.w-inds.tv

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Time Has Gone(MUSIC VIDEO Full ver.)/ w-inds.

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